インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

せっかくの休みの朝も裏の騒音でたたき起こされる

QianChong2004-03-07

昨日は久方ぶりの土曜日休みになるはずだったが、T-104のプレクールということで、出勤になってしまった。液化窒素のローリーをスケジュール通りに配車しなければならず、また台湾の供給会社があまり当てにならないのでどうしても通訳が必要になるのだ。結局夜七時半頃まで出勤ということにあいなってしまった。
今日は午前中ゆっくりしてから高雄に出かけた。永康街の「劉易記刀削麺」に行ったらあいにく休業だったので、仕方なく「大遠百」は十七階の「浮力森林」へ。イカスミスパの海鮮アマトリチャーナ風などという黒と赤の大胆な色合いのランチを食べる。その後映画『大城小事』を観た。予想に反してすごくいい佳品だった。「大立伊勢丹」で買い物して帰宅。
『魂の昭和史』(福田和也/小学館文庫/2002)読了。その前に『岐路に立つ君へ』も読んだが、いずれも期待はずれ。とにかく作者の文体が気持ち悪くて反感が先に立つ。どうしてこんなにスノッブを打ち出さなければならないのか。所々おやっと思う表現があっても、全部打ち消されてしまう。人として生きる上での心構えやスタンスの説き方でも、『岐路に…』は吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』に遠く及ばない。「感じてほしい」と繰り返すのはわかるけど、そこまで若い人をバカにしない方がいい。もっと普通に書いてもわかる人は自分で理解していくのではないか。とにかく不自然に「若い人」にすり寄った書き方が気持ち悪い。
来週のシビアな会議を想像して、一日何となく暗い気分だった。私は単なる通訳者なのであって、話がまとまらないことに何も心を痛めることはないのだが、どうしてもいろいろ考えて重い気分になってしまう。