インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

自動でディクテーションできちゃった

む〜、いつかはそうなるだろうと思っていましたが、ついにこうなりましたか……。いや、昨晩こんな記事を拝見したのです。

note.mu

先般Google Documentの「OCRっぷり」がすごい、という話題に接していたので、これはもう早晩、音声から直接文字に、つまり“聽寫(ディクテーション)”が自動化されるだろうなと思っていたのです。

そうしたら、上掲のこの記事です。拝見するに、もう一昨年あたりから一部では周知の状況だったよし。今さらながらわがアンテナの感度の低さに切歯扼腕することしきり。

note103.hateblo.jp
walkingmask.hatenablog.com

……で、自分のMacBookにはすでにSoundFlowerが入っているので、さっそく適当な中国語の音声で「自動文字起こし」を試してみました。まずは今教材を作っている最中のこれ。台湾の「外貿協会」が最近行った「2018年度記者会見」の映像です。アナウンサーではない発話者で、実況録音の上、ロボットのPepper君が話す機械的な中国語も入っています。

youtu.be

結果は、これ。

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予想以上の精度にちょっと驚愕しました。特に“百分之十二點六”としゃべっているところを自動で“12.6%”に変換したりしているところなど、単に音声を次々文字にしているだけではない奥深さを感じます。こうした実況録音ではなくもっとクリアな音声であれば精度はさらに上がるはずです。

というわけで、今度は教科書の音声で試してみました。

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一部に惜しい点はありますけど、ほぼ完璧に自動文字起こしできちゃいました。しかもGoogle Documentが変換しているところをじっと観察していると、例えばいったん“实时(リアルタイムで)”と聴き取って変換された後、その単語を含む一文がすべて現れた時点で前後の文意を判断して“时时(常に、ひっきりなしに)”に直したりしていました。

しかもこれ、音声や動画のファイルを流しっぱなしにしておいても、安定してGoogle Documentに記録し、定期的に保存していってくれます。ということは、もう文字通り寝ている間に大量の「テープ起こし」(死語ですね、もはや)が完了してしまうのです……あああ、これは麻薬的です。

私は十数年前から、勉強になるからと(実際なるんですけど)趣味と実益(通訳教材に使うのです)を兼ねてディクテーションを続けてきました。広範な地域の様々な中国語を聞いて文字化してきたことで、特にリスニング能力が鍛えられたと感じています。

qianchong.hatenablog.com

なのに、ここまで簡便に音声が文字化できちゃったら、自分の学習意欲が下がってしまわないか心配です。だって教材作りなんかは、こうやって自動で様々な音声をとりあえずテキストにできてしまえばと〜っても生産性があがりそうですから。でも、生産性は上がるけど自分の勉強になりにくい、つまり仕事が「役得」や「喜び」にならず単純な労働に成り下がっちゃうというのはやっぱりいやだなあ。

そしてこの件に関してTwitterでつぶやいたところ、このようなご意見が。

いや、ほんと、おっしゃる通りです。デジタルネイティブの生徒さんたちは、私なんかよりよほどこうした「技術」に聡いですから。すでに留学生のみなさんは授業中にスマホ辞書やネット翻訳を駆使しまくってますけど、上記の自動文字起こしを試してみて、これ(に限らずIT、ICT全体)は、スマホ辞書の「トンネル・デザイン」やAIによる自動通訳翻訳などと相まって、私たちの語学学習に壊滅的な影響を与えるかもしれないと思いました。

トンネル・デザインについては以前「紙の辞書 VS. 電子辞書」に関してこんな記事を書きました。

プログレッシブ中国語辞典』第二版の巻頭言で、編者氏が「トンネル・デザイン」の危険性を指摘されています。いわく「出発点から目標点に向かってトンネルを掘るような一直線の進み方をしたのでは、その課程で何も学ぶことはできないし、記憶するいとまがないことにも留意しなければなりません。入門・初級段階で身につけなければならない語彙は、本来的には調べて探し出す対象ではないのです」。さらっとすごいことを言っていると思います。初学段階では「分からない言葉がある→辞書を引く」というのは本質ではないと。初学者にとって辞書は、まずは大いにあちこち泳ぎ回ってみるべき大海原みたいなものなんですね。
辞書の使い方・選び方セミナー - インタプリタかなくぎ流

語学ってもとより地道(じみち)な作業が大切な分野ですけど、その地道な作業がこうも軒並み陳腐化していっては……単に私の思考方法が古いだけなのかもしれないし、杞憂であってほしいとも思いますけど。

しまじまの旅 たびたびの旅 16 ……風櫃

宿へ帰るために乗った路線バス、行き先は「風櫃」でした。どこかで聞いた地名だと思ったら、侯孝賢監督の名作『風櫃(ふんくい)の少年(原題:風櫃來的人)』の風櫃です*1。なんとも間抜けなことに、この時点ではじめて風櫃が澎湖の地名であったこと、自分の泊まっている宿からとても近い場所であることに気づいたのでした。ノープランにもほどがある、と自分で自分に突っ込みを入れました。

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「風の櫃*2」とはなんとも詩的な響きの地名です。何十年も前に映画『風櫃の少年』をみた時は、台湾のどこか田舎の漁師町くらいのイメージでしたけど、こうして間近な場所に身を置いてみると、がぜん興味が増します。地図で見ると風櫃は、宿がある「山水」という集落からさらに細長い半島を伝っていった先の、いちばん端っこにあります。

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いちばん端っことはいえ、澎湖一の繁華街・馬公市の中心街は海峡を挟んだ反対側で、直線距離にすれば目と鼻の先です。それなのにバスで陸路を行けば、ぐるっと半島を回り込まなければなりません。そういえば、映画『風櫃の少年』の冒頭シーンは、このバスが到着するところから始まっていました。

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風櫃の少年 HDデジタルリマスター版 [DVD]

このバスに乗って風櫃に行ってみるのもいいなと思いましたが、夕刻も迫っていたのでいったん宿に戻り、翌日またまた自転車を借りて向かいました。宿の女将さんによると「いまの風櫃は、映画を撮った時からずいぶん変わっているから、当時の雰囲気はもう感じられないかもしれないよ」とのことでした。

平坦に見えて結構アップダウンのある道を自転車でゆっくり進むと、ときおり視界の両側に海が見えるというこの細長い半島ならではの風景が目に入ってきます。その先にようやく風櫃の集落の入口が。

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風櫃という地名は、この「風櫃濤聲」という石の看板がある「風櫃洞」に由来しているようですね。崖の下に波の浸食でできた洞窟があり、それが地上にまで通じていて、波が打ち寄せる時にあたかも「ふいご」のような音を立てるのだそうです。この「ふいご」の形が「櫃」なんですね。この時はその音に接することはできませんでしたが。

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ゴミ、浮いてます。

風櫃は小さな漁村で、街並みは家と家が密集してその「すきま」が道になっているという、漁師町ならではのたたずまいでした。むかし住んでいた熊本の田舎の漁師町も同じような雰囲気でしたねえ。今は人が住まなくなって、廃墟のようになっている一角も多く見られました。

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映画の撮影が行われた場所は分かりませんでしたが、あとからネットで検索すると、こちらに十年ほど前に書かれたブログ記事がありました。この頃はまだ残っていたんですね。

4travel.jp

海峡の向こうに馬公市の中心部が見渡せる場所まで行ってみました。1908年に馬公沖で爆発事故を起こして沈没した日本海軍の巡洋艦・松島の慰霊碑がありました。

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松島 (防護巡洋艦) - Wikipedia

すぐ近くには清仏戦争時の1885年、この地で病没したアメデ・クールベ提督をはじめとするフランス海軍兵のための慰霊碑も建っています。

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うーん、最果て感、半端ないです(失礼)。しかし、日本もフランスもこんな遠くの島の、よそ様の海や土地までやってきて、迷惑かけまくり。もちろん私が生まれる前のできごとではありますが、ひとりの日本人として申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。ほんとうにごめんなさい。今年は「明治百五十年」とかで、やたらその誇らしげな部分にばかりはしゃいでらっしゃる方も一部にいますけど、「脱亜入欧」で道を踏み外しまくった歴史も内包しているんですよね。

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帰りにもう一度「風櫃洞」まで戻ると、さっきは誰もいなかった場所で「薬膳蛋(茶玉子みたいな煮卵)」の販売が始まってました。シーズンオフでも、釣り客などを相手に商売をしているそうです。

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*1:若き日の鈕承澤監督が、主人公の青年・阿清を演じているんですよね。

*2:箱という意味。飯びつの「ひつ」ですね。古い映画ですが『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』の櫃も長持のような箱のことでした。

SNSだけが世論じゃないですよね

東京新聞朝刊の「こちら特報部」は、毎日朝からどーんと読み応えがあって楽しみなのですが、先日は「裁量労働制」に関する国会論議からSNS上の虚構情報による社会の分断に論をつないでいて、いろいろ考えさせられました。

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通常の暮らしの範囲では得られないような人間関係が生まれたり、ふだん自分がアンテナを張っているエリアとは全く違うところから情報を得られたりするのがSNSの魅力です。でもそこには逆に、偏った情報や嘘の情報に容易に染まったり、心地よい仲間意識から事実よりも感情を優先したりする危険性がある、とこの記事は指摘しています。そして「サイレントマジョリティ」はそうした社会の分断を取り持つことができない、とも。

確かにTwitterを眺めていると、極端な予断や偏見が大手を振って拡散されたり、そうした意見ばかりがタイムラインに次々と並んであたかも社会全体がそうであるかのように錯覚されたりしがちですすよね。また周囲を見れば、自分の家族を含めてTwitterFacebookInstagramなどのSNSをしていない人も多く、SNSだけが世論や社会の実相だと思い込まない(冷静に考えればそんなわけないのですが)ように自分を戒めています。

私はネットのニュースや情報もよく利用しますが、そのぶん新聞や雑誌や書籍にも積極的にアクセスするというバランスが必要じゃないかと思って、せっせと読んでいます。電子辞書(も今や古くてスマホによるネット辞書ですか)か紙の辞書かの議論に似ていますが、見出しから欲しい情報(ニュース)にダイレクトにアクセスするだけだと何か大事な物を見落としてしまうような気がするのです。以前こちらの記事で書いた「トンネルデザイン」のように。

http://qianchong.hatenablog.com/entries/2013/06/10qianchong.hatenablog.com

同時に、実社会で人に面と向かって言わないようなことはSNSでも言わない、SNSの情報に短絡的に飛びついて反応せず一旦深呼吸して冷静になる、というのも大切かなと思っています。またできるだけネガティブなことは発信せず、いわゆる「ポジ出し」や「善意の批判」を心がけるとか、あまり私的に過ぎる他人から見れば「どーでもいいこと」は書かないとか、「です・ます」で語るとかも。

SNSはその拡散性が人の虚栄心や自己顕示欲(それは承認願望からくるのかもしれません)を刺激し、昂進させる妙な力を持っています。少しでもリツイートや「いいね」があると、ふだんなら誰も自分の言うことに耳を傾けてくれないのに、SNSではあたかも自分の声が届いているような「全能感」に安易に浸れてしまう。ネットが巨大なだけに、そこからのレスポンスを実体以上に大きく感じてしまうからなのかもしれません。

ちなみに、この「特報」の脇に佐藤優氏のコラムが載っていて、これも特報の内容に絡んでいてよかったです(ちょいと東京新聞推しがつよいけど)。「新聞は情報の基本インフラ」というの、細切れのタイムライン的なニュースばかりに接してちゃまずいという意味で首肯することしきりでした。

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しまじまの旅 たびたびの旅 15 ……澎湖開拓館

馬公の旧市街を散策して、宿へ戻るバスに乗る前に、バスターミナル近くの「澎湖開拓館」を見学してきました。

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https://phkt.phhcc.gov.tw/ch/index.jsp

この建物は日本統治時代に「澎湖庁長」の公邸として建てられたそうで、大正から昭和期の、和洋折衷式の住宅建築です。

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澎湖庁 - Wikipedia

中はこんな感じ。台湾にはこうした古い日本風の住宅建築があちこちに残されています。

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澎湖諸島海上交通の要衝にあったため、フランスや日本に相次いで占領されています。日清戦争では日本軍の艦隊が侵攻して上陸、下関条約で台湾の本島とともに日本へ割譲されました。島の各地には、その際の抵抗記念碑や、訓練公開中に馬公沖で爆発沈没した巡洋艦「松島」の慰霊碑などが残っています。これらの碑についてはまた改めてご紹介します。

開拓館にはほとんど見学者がいませんでした。帰路、こんな「美容院」を眺めつつバスターミナルまで戻りました。“立髮院”というのは“立法院(台湾の議会)”とかけてるんでしょうね。

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男子高校生の制服がかわいそう過ぎる

小学校・中学校・高校とすべて制服を着ていました。小学校は白シャツに紺の半ズボン(冬でも半ズボン)。中学校と高校はいずれも黒の「学ラン」です。そこから幾星霜、制服のことなど意識の片隅にも登らぬ日々を過ごしてきましたが、最近東京都中央区銀座にある某小学校でアルマーニの制服を導入という話題が巷間かまびすしくなっていました。

diamond.jp

私自身は、この小学校の校長さんのエキセントリックな言動をみるにつけ、高級ブランドの制服を着せてまで「服育」しようという意図には大きな疑問符をつけざるを得ないですし、そもそも制服という強制そのものについても違和感を覚えている人間です。

ただ、どうせ制服を着せるなら、もうちょっと「カッコいい」ものにすればいいのに、とも常日頃思っています。でもそれはアルマーニのようなブランドの「カッコよさ」ではなく、仕立てというかフォルムというか、制服全体の雰囲気の問題です。

毎朝、通勤電車の中で多くの生徒さんを見かけるのですが、とりわけ高校生、なかんずく男子高校生の制服を見ていつも「かわいそう過ぎる」と思ってしまいます。余計なお世話ですが。実例をご覧に入れたいのですが、往来で個別具体的な写真を撮るとただの怪しいおっさんになっちゃうので、ここはGoogleの画像検索で見てみましょう。


高校生 男子 制服 - Google 検索

どこが「かわいそう」なのか分からない? まあ画像検索に登場する高校生はモデルさんだったりすることが多いので、それなりにカッコよく着こなして見えるんですけど、でもよ〜く見てください。写真の男子高校生の制服からは、何となくだらしない感じが伝わってきませんか。

これは「サイズ感」の問題だと思われます。全体的に服のサイズが大きすぎるんですよね。ぶかぶか、というか、だぶだぶ、というか。たぶん身体の成長期にあってどんどん体型が変化していくから、また一つのデザインで色々な体型の生徒さんをカバーしなきゃならないという制服の宿命からか、最初から余裕を持った裁断にしているのだと思います。が、これがだらしない雰囲気を醸し出してしまうんです。

特に制服のズボン(パンツ・スラックス)。腰のところにタックが入っていて裾幅もかなり太めです。これ、ビジネススーツの世界では「おっさん感」を醸し出す最強のアイテムなんですよね。服には流行の波がありますから、普遍的なカッコいいデザインというものは存在しないし、そも個々人の趣味の問題ではありますけど、最近はどちらかというとスリムフィットの傾向が強いと思います。ふだんはぶかぶかの制服のパンツをはいている男子高校生も、休日のカジュアルはスキニーっぽいジーンズかもしれません。

もちろん、体型的に太めの生徒さんなら、タックを入れてゆったりめのパンツの方がいいでしょう。また若い人たちは活発に動きますから、その意味でも多少余裕を持たせたデザインの方がよいのでしょう。ビジネスパーソンとは明らかに違う「生態」の人々ですもんね。

ただ、おしゃれをしたい年頃の彼らには、もう少し選択の幅を持たせてあげればいいのにと思うのです。例えば、パンツのタックありなしや裾幅を選べるとか、でなければ購入後にパンツの裾幅を調整してあげるとか。そういう調整はスカートの裾の長さ同様校則で禁止されていそうですが。

そこへ行くと、同じ制服でも洋服の伝統が長いヨーロッパの高校生はカッコいいです。例えばかの英国のエリート校「イートン校」の生徒さんたち。同じくGoogleの画像検索をごらんいただきましょう。ほら……


イートン校 制服 - Google 検索

……あら? まあ日本の高校生の制服に比べると多少はスリムな感じもしますけど、それでもけっこうだぶだぶしていますね。こんなはずではなかった……ということは、カッコよく見えたのは「中身」のせい(たいへん失礼)? なんともしまらない結論になってしまいました。

追記

この件に関して検索していたら、面白いページを見つけました。

toyokeizai.net

私もちょうどこの年代、つまり1980年代に青春を過ごしてその時代に「すり込まれたファッションセンス」を体現している世代です。

実は以前私がサラリーマンだったときに着ていたスーツやシャツは、さすがにソフトスーツほどの「だぶだぶ」ではありませんでしたが、ブルックスブラザーズみたいなどちらかというと「アメリカン」でサイズ感大きめのものが多かったです。ソフトスーツというのは、「のどごし生」のこのCM冒頭「入社当時」で阿部サダヲさんが着ているこれ(3:14あたりから)。

youtu.be

そんな私に「服は何よりもサイズ感ですよ」と教えてくださったのは、お仕事関係で出会ったとあるスタイリストの方でした。専門家ってすごいですね。それからは選ぶ服が全く変わりました。

現在の高校生の制服を決めているのは、もしかしたら私と同じ世代のオジサンが多いのかもしれません。

しまじまの旅 たびたびの旅 14 ……金瓜米粉と紅新娘魚

澎湖は料理がおいしいです。まあ台湾はどこでもおいしいんですけど、澎湖料理はとりわけ。

実は最初に澎湖料理を食べたのは十数年前、高雄でのことでした。仕事のあとの食事会で行ったレストランが高雄の有名な澎湖料理店だったのです。高雄は昔から澎湖との関係が深く、食材も多く持ち込まれているようですね。

何がおいしいかというと、なんといっても海産物の新鮮さと、その味つけの「薄さ」です。関西育ちの私は中年以降さらに薄味が好みになりましたが、関西風の薄味が好みの方でしたら本当に口に合うと思います。料理の技法は中華系なんですけど、味つけは全然違うカテゴリーという感じがします。

中国語圏の海鮮料理屋さんによくある、店頭に水槽がたくさん並んでいて、好きな素材を選んでお店の人と調理法を相談、というパターンが多いですが、澎湖料理で私が一番好きなのは、これ。揚げた「紅新娘魚」です。

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紅新娘魚は小さな赤いベラみたいな、こんなにかわいい魚です。

www.mesotw.com

こちらのサイトによれば、もともとは澎湖だけでなくどこでも獲れていた魚らしく、まあ言ってみれば「雑魚」なんですけど、でも淡泊な白身で、揚げるとほろほろとした食感で、骨からの身離れもよくて食べやすくて、とにかく美味しいのです。高雄の澎湖料理店でも、この魚が入荷しているときは必ず頼んでいましたし、日本から出張してくるどなたに勧めても絶賛されました。

あと、これは澎湖名物というわけではないけど、これ。「金瓜米粉」。金瓜は「かぼちゃ」、米粉は「ビーフン」のことです。

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これがまたなんとも……。ビーフンの戻しぐあいの絶妙さはさすが本場、台湾各地どこに行っても驚嘆しますが、このほんの少し甘いカボチャが、ともすれば油を吸って重くなりがちなビーフンをコクのある豊かな味わいに昇華させてくれています。台湾に行ったら、締めのご飯ものは炒飯もいいけど、この金瓜米粉もおすすめです。

機械的な翻訳で何を発信しようとしているのか

以前Twitterで、このようなツイートを拝見しました。

外国人観光客向けの横断幕、ということは、鉄道会社か地方自治体が作ったものでしょう。そこに載せられた「またのお越しをお待ちしています」という日本語が、「等另光臨」という意味をなさない中国語に訳されています。

通訳や翻訳に携わる方なら「ひょっとして機械翻訳では」と思われるはず。その通り、私がいくつかのネット翻訳サイトで「またのお越しをお待ちしています」を入力してみたところ、エキサイト翻訳でそのものズバリの中国語訳(らしきもの)が出ました。

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ビンゴ! ……などと喜んでいる場合ではありません。せっかく海外からのお客様を「おもてなし」しようと作った観光用の横断幕なんですから、その外国人自身に理解されない翻訳をつけても意味がないではないですか。

外語や通訳翻訳に少しでも知識のある方の間ではおなじみの、ネットの翻訳はまだまだ発展途上なのでそのまま鵜呑みにするのはリスクが大きすぎる、というこのいわば「常識」が、広く社会全体では共有されていないことを痛感します。

しかしこれは個人の張り紙ではなく、鉄道会社や地方自治体(と思しき団体)が公共の場所に張り出す媒体です。なぜ予算を取ってプロの翻訳者に依頼するか、最低でもネイティブチェックをしてもらおうという意識が働かないのでしょうか。

私は今「なぜ?」などと「カワイコぶって」疑問を呈してみましたが、実はこうした現象は枚挙にいとまがありません。例えば東京都台東区の公式ウェブサイト。トップページの右上には「Multilingual」というバナーがあり、さすが浅草など外国人観光客の多い土地柄、多言語対応も充実していると思いきや、なんとそれら「多言語」のページはすべてGoogle翻訳を利用して機械的に変換されているだけなのです。

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多言語翻訳 Multilingual Translation 台東区ホームページ

ごていねいに、このような注意書きがなされています。

この翻訳は、プログラムを用いて機械的に行われますので、内容が正確であるとは限りません。このことを十分ご理解のうえ、ご利用いただきますようお願いします。

実際に中国語のページを読んでみましたが、上記の「等另光臨」同様、まったく意味をなさない文章が数多く表示されます。台東区は、この「中国語(らしきもの)ページ」で一体何を発信し、どんな利便性を提供しようとしているのでしょうか。お役人の仕事と言ってしまえばそれまでですが、あまりにも杜撰で、異なる言語や文化への尊重がまったく感じられないこうした態度を見るにつけ、思わず天を仰がざるをえないのです。

こうした態度は「お役人」だけではありません。こちらは解散したアイドルグループSMAPの元メンバーが新たに立ち上げた所属事務所の公式ウェブサイトです。

atarashiichizu.com

アジア圏を中心に世界中にファンがいるビッグスターのこと、トップページには右上に地球のマークがあり、多言語対応がなされていますが、これもまたGoogle翻訳なのです。

こちらもためしに「中国語(らしきもの)版」にして読んでみましたが、「今日のぷっくりニュース」が「今天的新聞豐滿」ですよ。「『クソ野郎と美しき世界』メインビジュアル解禁!」が「“混蛋而美麗的世界”主視覺禁令!」で、その下に続く文章「ついに『クソ野郎と美しき世界』の本ポスターが解禁となりました!」が「最後,這張海報的“他媽的傢伙,美麗的世界”成為禁令!」で、『クソ野郎と美しき世界』という映画タイトルでさえ訳語がクソぶれています。

……すみません。つい興奮してしまいました。でも、このある意味個性的すぎる日本語を機械的な翻訳で済ましちゃってるものですから、そこで展開される中国語の文章はもう、いちいち首を傾げるか、あるいは抱腹絶倒するかの珍訳で、本当にこの人達は世界に発信する気があるのかなと思ってしまいます。

というか、自分がもし中国語圏の人間でこのアイドルのファンだったとしたら、きっとひどく悲しむと思いますね。だってこんな杜撰な中国語で発信するということは、ほとんど「お前のことなんて眼中にない」と宣言されているに等しいと思うでしょうから。

台東区にしろ「新しい地図」にしろ、機械翻訳ではあるけれど一応の多言語対応をしているだけでもないよりはマシ、まずまずではないかと思いますか? 私はそうは思いません。言語は歴史と文化を背負い、人間の存在の根源に関わる大切な要素なんですから。ひとさまのアイデンティティを舐めてかかるのは失礼であり、マナー違反なのです。

以前から日本の、こうしたある種「犯罪的なほど無邪気でナイーブ」な傾向に割り切れないものを感じてきた私は、これだけ官民挙げて「グローバル化への対応が急務」だの「2020年東京五輪でおもてなし」だのと唱えているのにこの体たらく、というのがどうにも解せません。

qianchong.hatenablog.com

「一億人以上の人々がほぼ単一の言語で日常生活から高等教育までまかなえる」という、世界的にも稀な日本だからこその陥穽かもしれませんが、こうした例に見られる、翻訳や通訳という作業に対する無理解、あるいは外語や異文化・多言語に対する想像力と敬意の薄さは、ほとんど我々日本人の宿痾といってもよいかもしれません。この「病」に対する処方を脇にほっぽらかしておいて、早期英語教育も何もあったものではないだろうと私は思うのですが。

しまじまの旅 たびたびの旅 13 ……馬公の旧市街と燒餅

宿から馬公市の中心部までは車でも20分くらいはかかる距離。レンタルバイクの手配すらしていないノープランな私に宿の女将さんは呆れつつ、街まで行くという友人を呼んで送ってくれました。ありがたいことです。こんな感じで、バイクに二人乗りです。

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馬公の旧市街は風情のあるたたずまい。

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いちおう、観光スポットの「四眼井」も抑えておきました。

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特に海と関係の深い澎湖諸島ですから、中国南部の沿岸から台湾にかけて広く見られる馬祖廟 (天后宮)も立派です。立派ではありますが、この鄙びた感じがまたいいですね。台湾でも最も早い時期に建立された馬祖廟のひとつなんだそうです。

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この漢字の列に迫力を感じます。“風調雨順”は、天候に恵まれて豊作・豊漁であるようにといった意味です。五風十雨の狂いなく、というのは昔から野や海に生きる人たちの一番大きな願いだったんですね。

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建物に施された彫刻も味わい深いです。

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いちばんのお気に入りはこちらの虎。これはいわゆる「鏝絵(こてえ)」の一種なのかしら。

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午前中の早い時間で、シーズンオフでもあることから、観光客はほとんどいませんでした。お腹が空いたので、ネットの口コミで評判だった“燒餅”のお店へ。ここは逆にお客さんでごった返していて、なかなか注文できませんでしたが、なんとかハムと卵を挟んだ“燒餅”と豆乳を購入。そのあとすぐ“燒餅”は売り切れといっていましたから、運がよかったです。

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いや〜、口コミに違わず、本当においしかったです。特にこの“燒餅”のあつあつ・さくさく感といったら。幸せな遅めの朝食になりました。食べ終わって気づくと、店員さんたちはもう店じまいにかかっていました。

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この通りは、どちらかというと観光客向けのお店が並んでいる一角です。地元の人が好んで食べに行く朝食の屋台はまた別の場所にあるのですが、この時はまだ知りませんでした。それについてはまた稿を改めます。

「遂次」通訳について

先日、一斉メールで通訳者にオファーを出し、採用者以外には返事を出さないエージェント(通訳者の派遣業者)「X社」の話を書きました。

qianchong.hatenablog.com

……と、またまた「X社」からオファーのメールが届きました。以前募集した案件の通訳者が足りないので、再度募集をかけますという内容です。

前日募集メールをお送りした本件ですが、現在「日中英」遂次通訳を3名は確保できており、あと1名を募集しております。

「確保」できている、という物言いもきわめてご自分本位だなと思いますが、まあこれは「坊主憎けりゃ……」の世界ですので脇に置くとして、我ながらなんともうかつなことではありますが、このメールで初めて気づいたことがありました。

次通訳」?

通訳作業には大きく分けて「同時通訳」と「逐次通訳」があるのですが、この「逐次(ちくじ)通訳」を「X社」さんは「遂次(すいじ?)通訳」と書いているのです。思わずのけぞりました。一般の方ならいざ知らず、通訳者の派遣業務を行っている会社の職員が「逐次通訳」という言葉を知らないわけはないと思うのですが、これは一体どういうことなのでしょうか。

このオファーはメールで届いていますから、担当者さんはパソコンで文章を打っているはずです。「ちくじつうやく」と打てば、どう間違っても「遂次通訳」とは変換されないはずですが……にわかに気になって、gmailアーカイブに入っている「X社」からのメールをすべて確かめてみたところ、「逐次」を「遂次」と書かれているのはとある担当者お一人だけでした。となると、この担当者さんだけは「遂次通訳:ちくじつうやく」という変換をご自分のパソコンのインプットメソッドに登録されているのかしら。なんとも謎すぎる展開です。

この件に関してTwitterでつぶやいたところ、このような情報が寄せられました。

なるほど、インプットメソッドによっては「ちくじ」が「遂次」になることもあると(それもどうかとは思いますが)。これもにわかに気になって、自分のMacBookATOKで「ちくじつうやく」と打ってみたところ「築地通訳」が変換候補に並びました。わはは、「遂次通訳」よりはマシですかね。最近は築地も外国人観光客でにぎわっているそうですから。

もっとも、上には上がいるものでして、私の恩師のN老師によると、教え子さんのレポートで「逐次通訳」を「次通訳」と書いているものがあったそうです。とんじつうやく? わははは、わが家の豚児は豚次通訳などという得体の知れない仕事に就いておりまして、などとうちの親だったら言いそう。
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http://www.irasutoya.com/

冗談はさておき、「逐次通訳」という言葉すらきちんと使えていない「X社」、ますます関わるのは遠慮したいなと思ったことでありました。ちなみに上記の再募集をかけた案件、日中英三言語間の通訳ができるという条件なので、元より私などお呼びではないのですが、それだけの高いスキルを求めているにもかかわらず、八時間拘束の日当は一般的なレートの半分程度。うまくみつかるといいですねー。

しまじまの旅 たびたびの旅 12 ……澎湖諸島へ

高雄に戻って、ほんの思いつきで、以前から行ってみたかった澎湖諸島へ飛んでみることにしました。高雄の小港空港から澎湖の馬公空港までプロペラ機で40分ほどです。

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澎湖諸島は台湾と中国大陸の間にあって、中心都市の馬公氏がある島を中心に円環状に島々が連なり、その周囲にも大小様々の島が点在しています。この円環、たぶん大昔のカルデラだと思うんですけど、どうなのかな。

澎湖諸島 - Wikipedia

島には高い山が全くないので、どこまで行っても平べったい土地、という印象で、そのぶん空が大きく感じます。そして山がないためか吹き渡る風が強く、草木が一定方向に傾いている場所があって面白いなと思いました。

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お宿はネットでテキトーに見つけた、民家を改造した民宿。空港からタクシーを使いましたが、どんどん寂しい風景になっていくので「これは失敗したかも……」と不安になりました。だって周囲には民家が点在しているだけで何もないんだもの。夏の観光シーズンは海水浴やサーフィンなどをする人々で沸き返るそうですが、この時は早春で、宿の女将さんも「今どき予約が入ってびっくりしたわよ〜」だって。

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牛もいたりして。

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でもまあ、特に何をするというわけでもない旅ですので、数日のんびり過ごすことにしました。例によって宿泊客は私以外に誰もいないので、この大きな「ペンションふう(懐かしい)」でメルヘンチックなお部屋を使わせてもらいました。共用スペースのキッチンも使い放題です。

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女将さんが自転車を貸してくださったので、近くのコンビニやスーパー(農協の直売所みたいなの)に食糧を買い出しに行きました。なんでも澎湖諸島の土壌は特殊で、そこで育つ野菜も独特の味わいなのだとか。「澎湖産と書かれている野菜を買うといいよ」と言われたんですけど、売られているのはほとんど台湾本土から運ばれたものでした。

翌朝、近くの海岸まで出かけてみました。さすがシーズンオフ、体操をしている近所のおっちゃん以外、誰もいません。私は旅行するならこういうだ〜れもいない所が大好きなので、「意外に失敗じゃなかったかも」と気を取り直しました。

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威厳のある「わんこ」もいました。

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中壮年に至ってキャリアを捨てるすごさ

何週間か前、大江千里氏のこの記事を読みました。

toyokeizai.net

大江氏といえば、私たちの世代にはその高いキーの歌声でお馴染みの深いポップ・ミュージックのアーティスト。その氏がそれまでのキャリアを捨ててジャズに転向したことは知っていましたが、その後の展開はほとんど知りませんでした。

というわけで、この記事を読んですぐ『ブルックリンでジャズを耕す』と、その前に出た『9番目の音を探して』を買い、通読。以前読んだ『LIFE SHIFT』と合わせ、今の仕事を続けるのか、セカンドライフをどうするか、自分はどうしたいのか……などなどを考えさせられました。


9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学


ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

ジャズミュージシャンとして再出発した後の「ひとりビジネス」を描いた『ブルックリンで…』も興味深かったけれど、47歳で音楽学校に入り直し、完膚なきまでに叩きのめされながら這い上がっていく『9番目の…』のほうがより示唆に富んでいました。中壮年に至って、積み上げてきたキャリアを一旦捨て去るそのすごさといったら。

『9番目の…』は26文字×22行の2段組み、約360ページにわたって40万字余りがびっしり。最初はちょっとたじろぎましたが、それまでの経験も経歴も名声もプライドもかなぐり捨ててジャズを学び直すプロセスは、大いに勇気づけられます。そりゃあの大江千里氏だからなどと言わず、虚心に傾聴したいところです。

比べるのもおこがましいですが、自分も気がつけばこの「業界」で山あり谷ありの中20年以上働いてきました。孔子は50歳で天命を知った(五十知天命)そうですが、私は天命どころか今の仕事だってまったく究めていないし、大先輩から見ればまだまだ駆け出しです。

それでも最近は「このままでいいのかな」とよく考えます。仕事に明け暮れるなか、人とのつきあいだってほぼ業界内限定ですし。そんな思いもあって、最近はこれまで出ていかなかったような場所へ積極的に出て行こうとしています。

特に「先生」などと呼ばれる立場が長くなるのはよくないと思います。むかし、その著作をあらかた読むほど好きだった故・松下竜一氏は、ご自分のことを「センセ」と呼んでいました。「先生と呼ばれるほどのバカでなし」。卑下と自虐と、ちょっぴりの風刺や批判も込めた氏一流の諧謔だったと記憶しています。

最初はどうにも馴染めなかった「先生」にいつの間にか馴染み、居心地いい場所で何となくリタイアまでの道程が見えて……なんて一種の退廃ですよね。中年や壮年に至ってなおこの「青さ」はイタい? いや、大江千里氏の『9番目の音を探して』を読むと、その青さが今こそ必要だと思えるのでした。

上記の記事で、大江氏は「悔いや迷いはいっさいない?」という問いにこう答えています。

もし僕が二十歳だったら、迷いはあったと思います。だって、「あれもできる、これもできる」って残酷なくらい選択肢があるから。

なるほど、中年や壮年に至って選択肢が多くないからこそ決断できるというこの「逆説」は面白いと思いました。

しまじまの旅 たびたびの旅 11 ……岡山

せっかく高雄まで来たので、十数年前に住んでいた岡山の街にも行ってみました。高雄からうっかり急行の「自強号」に乗ってしまい、一気に台南まで行っちゃったので、また各駅停車で岡山に戻ります。

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高雄の駅前はずいぶん変わっていましたが、岡山……ほとんど変わってないです。

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駅から歩いて十分くらい、このマンションに住んでいました。もちろん会社の社宅としてです。プロジェクトの最盛期にはうちの会社だけで数十人は住んでいたんじゃないでしょうか。マンションの名前は「擎天崗*1」。

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外見はくたびれて見えますけど(失礼)セキュリティがしっかりしていて、外の門と内側のそれぞれのエレベーターに通じる門はそれぞれ磁気式の鍵がないと入れません。もちろん私は中には入れないので、外から眺めるだけでおいとましました。

十数年前、長期のプロジェクトが終わって、このマンションから日本へ帰る際、ご近所の犬二匹にもお別れを言いに行きました。いつも癒やされていたのもので。

qianchong.hatenablog.com

短い犬の一生を考えれば二匹とももうこの世にいるはずはないのですが、いちおう行ってみると、「ライオン丸」がいた場所には犬小屋だけが残されていました。懐かしさが匂い立ちます。今でも使われているふうではありますが、たぶん別のわんこでしょうね。

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「獵狗大爺」のお宅はこちら。このコンクリートの「たたき」にいつも寝そべっていたんですよね。勝手に写真撮っちゃってすみません。

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岡山の街は「羊肉爐(山羊肉の鍋)」で有名なんですけど、今回は食べずに思い出だけ再確認して駅に戻りました。駅前にスターバックスコーヒーのお店ができていて、時の流れを感じました。

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*1:天を支える尾根、みたいな意味。壮大な名前です。

マルチタスクの乏しさを感じつつ和菓子づくり

和菓子ユニット「ユイミコ」さんの和菓子作り教室に参加してきました。ケーキなど洋菓子系の講座は多いですが、和菓子の講座は珍しいですよね。以前から一度やってみたいと思っていたのです。

co-trip.jp

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作るのは季節感あふれる「蕗の薹」と「桃の花」を模した練切の和菓子。先生のお手本はこちらです。蕗の薹の葉(萼?)のしわしわ感や、緑から白にかけてのグラデーション、桃の花の端正な佇まいや白い練切の下から透ける桃色、そして中央の蕊……美しい。

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まず最初に作り方の流れをすべて実演つきで解説があり、各自用意された食材をもとに蕗の薹と桃の花をそれぞれ2つずつ作りました。作るプロセスを写真に撮ればよかったんですけど、いやもう、それどころではない難しさ。気がついたら肩に力こもりまくりで、もくもくもくもく……と練切餡をこねていました。

教わったポイントとしては……

1.練切餡は乾きやすいので、ひと手順終わるごとにラップの下に置いて乾燥を防ぐ。
2.練切餡は手につきやすいので、ひと手順ごとに濡れ布巾で手をきれいにする。
3.練切餡の着色は食紅のような着色料で。ほんの少しで染まるので入れすぎないこと。手のひらでコロコロしても色が入っていかないので、伸ばしては折り、伸ばしては折り……を繰り返す。色は他の色の餡に移りやすいので、やはりひと手順ごとに濡れ布巾で手を拭く。色が入った練切餡は時間が立つと少し色あせてくるので、少し濃いくらいかな~というところまで色を入れるとよい。
4.筋をつけたり形を作ったりするヘラ類も、まずは濡れ布巾で表面を薄く湿らせてから練切餡に当てる。
5.練切餡で小豆のこし餡(これが中身になります)を包む際は、利き手の手のひらで包むようにし、もう一方の手でこし餡をおさえつつ均等に包んでいく。食べるときに切った断面で、こし餡がちょうど中央にあり、周りに均等な厚さの練切餡があるのが理想的。

……というようなことなんですけど、う~ん、やっぱり文章だけじゃよくわからないですね。

しかし、ここでもやはり痛感したのは、私自身の「マルチタスクのなさ」です。周囲の方々、特に女性の皆さんはあれこれ楽しいおしゃべりをしながらどんどん作っていくんですけど、私はほぼ無言。いえ、決して愛想がないわけではないのです。話したいけれど、手先に集中すると話せない。カニ肉をつついているときと同じ状態。

特に、和菓子作りの後半、様々な道具を使って形を作ったり線を彫り込んだり、裏漉し器に練切を押し当てて蕊を作ったりしているときはもっと「カニ肉つつき」の状態に。あと、私の場合は老眼で目を凝らさなければならないので、余計無言に拍車がかかります。

これ、普段家で炊事をしているときも同じで、細君や友人と楽しく語らいながら料理を作るというのができない。だいたい主菜や副菜、汁物などを同時進行で作る炊事自体がマルチタスクを要求されるのに、それ以上のタスクを課すのは無理! という感じなのです。それが女性はいとも簡単にできるんですよね。以前で見た、Ken Robinson氏のマルチタスクに関するTED TALKを思い出します。

www.ted.com

(13:21~)
ところで、脳には右脳と左脳に繋がる複数の神経を束ねる軸があります。脳梁と呼ばれる部分で、女性の方が太いんです。昨日のヘレンの話もそうでしたが、女性の方がマルチタスクなのはこのせいかもしれないですね。ここにいる女性方もそうでしょ?


多くの研究結果がありますが、個人的な経験からもわかります。もし妻が家で食事の支度をしていたら(中略)彼女は同時に電話で誰かと話したりします。子供と話したり、天井の色を塗り替えたり、心臓を開けて手術をしたりね。


私が料理をする時はドアを閉め、子供たちはどこかに行き、電話などしません。妻が途中で入って来たらイラっとします 。「テリー、卵を焼こうとしてるんだからちょっと放っておいてくれよ」って言います 。

初めてこれを聴いたときは、「うちとまったく同じだ!」と爆笑しました。

ともあれ、一時間半ほどの練切餡+こし餡との格闘の末、蕗の薹と梅の花が各2つずつ、合計4つが出来上がりました。蕗の薹はちょっとぼやけたフォルムですし、梅の花は花弁が奇数なので筋を入れるのが難しく均等に形が割れていませんが、まあなんとか。

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最後はお茶を飲みながら、自分が作った蕗の薹を試食しました。練切餡とこし餡は先生があらかじめ仕込んでくださっていたものなので、当然とっても美味。素晴らしい体験でした。「とらや」で生和菓子を買うときに入っているような持ち帰り用のパックをもらって詰めると、なんだかそれなりの外観になったではありませんか。この3つは家族へのお土産にしました。

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この教室は「SUSONO」の活動の一環です。スタッフの皆さん、楽しい体験をありがとうございました。器具などの後片付けも手伝わず、申し訳ありません。

susono.life

医療保険って何だったんだ

万一「くも膜下出血」を発症して、入院・手術・リハビリを受けると、全部でどれくらい医療費がかかると思いますか?

先般、細君がこの病気にかかった際、私の両親や細君の親戚筋から「お金は大丈夫?」と声をかけられました。たまにしか帰省せず、親戚づきあいも決して熱心でなく、今年からは年賀状も一切取り止めてしまったような私たちだというのに、ありがたいことです。

細君は保険会社などの医療保険に入っていませんでした。私自身もそれほどの蓄えはありませんし、入院して手術……という初期段階では、身の回りのものを買いそろえたり、介護用品や特殊な入院服をレンタルしたりと、こまごまとした出費が続きます。都合一ヶ月ほど入院していたので、正直、どれくらいの医療費になるのかと不安になりました。

ところが。

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退院時の会計では、想像していた額と桁がひとつ違う、あっと驚くような額でした。桁が多かったわけではありません。少なかったのです。つまり、漠然と「これくらいはかかるんじゃないか」と予想していた額の十分の一以下でした。毎月社会保険料を払っていながら、この「お金のリテラシー」のなさといったら。おのれの不明を恥じました。

細君は「国民健康保険」の被保険者で、入院初日に病院から「市区町村役場の保健課に連絡して『限度額適用認定証』を取得するといいですよ」と勧められました。それまでは全く知らない制度でしたが、これは「交付を受けて医療機関の窓口に提示することで、医療機関ごとにひと月の支払額が自己負担限度額までとなる」というものです。

国民健康保険協会けんぽ・組合健保など、いずれの被保険者も申請できるそうですが、国民健康保険中央会の公式ウェブサイトには、不思議なことにあまり詳しい解説が載っていません(なぜでしょうね?)。とりあえず私が参考にした世田谷区のページはこちらです。

www.city.setagaya.lg.jp

仕事が忙しくて、役所に直接出向くことができなくても、郵便のやりとりで対応してくれました。全国健康保険協会協会けんぽ)のウェブサイトにも、詳しい説明が載っています。

限度額適用認定証をご利用ください | 広報・イベント | 全国健康保険協会

高額療養費制度

実はこれも初めて知った(ふたたび不明を恥じています)のですが、公的医療保険制度には「高額療養費制度」というものがあり、医療機関より請求された医療費の全額をいったん支払ったうえで申請すれば、自己負担限度額を超えた金額が払い戻されるようになっています。とはいえ、一時的にせよ多額の費用を立て替えるのは大変。この時、上記の「限度額適用認定証」の交付を受けて医療機関の窓口に提示すれば「医療機関ごとにひと月の支払額が自己負担限度額までとなる」のです*1

高額医療費制度については、同サイトのこちらのページが分かりやすいです。

nurseful.jp

厚生労働省のページも載せておきましょう。

www.mhlw.go.jp

医療保険って何だったんだ

細君の場合、くも膜下出血としては発見が早く、手術が成功し、予後も一度水頭症に陥って再手術をした以外は順調に回復して社会復帰できましたから、かなり幸運だったと思います。それでも都合二ヶ月近い入院(ICUを含む)と二度の大手術を経たものの、「限度額適用認定証」の交付を受けて最終的に「高額療養費制度」を利用できたことで、トータルの医療費は驚くほど少なくて済みました。国民皆保険、すんごい。若い頃からきちんと毎月保険料を支払ってきたんですから、当然ではありますけど、それでもやっぱり、ありがたかったです。

でも逆に思ってしまったのは、「公的医療保険以外に、保険会社などから販売されている医療保険商品って、何だったんだ?」という疑問です。テレビCMなどでも「もしもの時の……」とか「保障が一生涯続く」とか「高度先進医療に対応するため」などと大宣伝が打たれていますよね。私もかつてはそうした民間の医療保険に入っていたのですが、フリーランスで稼働していた頃、暮らしにおける毎月の固定費を抑えたくて、全部解約してしまいました。

もちろん個々人の年齢や病状、それに家族構成や仕事、住んでいる場所などによって状況は千差万別です。だからひとしなみに語ることはできないのですが、こちらのページにある「高い医療費を支払うことを恐れて、医療保険を検討する必要はない」というアドバイスは一考に値するのではないか、と思いました。

nurseful.jp

高額療養費制度を利用すれば、ひと月あたりの医療費は8万円+αで済む」というの、うちの場合はまさにその通りでした。そして「医療費のためにだけ確保しておける貯蓄が『150万円以上』ある人は、医療保険は必要ありません」というのも、それくらいだったら何とかなる、と、こう何だか気持ちが明るくなるような響きがありますよね。医療保険に掛け捨てるお金があるなら、その分をそれこそ「もしもの時」に備えて積み立て投資にでも回した方がよいのかも知れません。

*1:つまり、一時的な高額支払いが大丈夫なら、「限度額適用認定証」の交付を受けずに、最終的に「高額療養費制度」を使えばよいということですかね。

しまじまの旅 たびたびの旅 10 ……港園の牛肉麺

台湾南部の列車を延々乗り継いで、太平洋側から台湾海峡側にぐるっと回り込んできました。屏東が近づくにつれ、車窓は見渡す限りのビンロウ(檳榔)畑です。

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ビンロウはその種子を嗜好品として噛む文化があって、台湾で仕事をしていたときは現場のおっちゃんなどによく勧められたんですけど、ちょっとその生臭い香りが苦手でした。タクシーの運転手さんが噛んでいると、車内がその香りで充満するんですよね。噛んで赤くなった唾液を紙コップにペッと吐き出すのもちょっとねえ……と思っていました。個人的には「ビンロウ」と聞くと唐十郎の芝居(紅テント)を思い出します。

ともあれ、屏東を過ぎれば間もなく高雄です。かつてこの街で二年半ほどを過ごしたので、なんだか帰省したような気分です。とはいえ家は当時高雄縣(今は高雄市)の「岡山」という街で、この街は高雄と台南のちょうど真ん中にあるので、毎週末は高岡台湾に必ず出かけて映画を見たり買い物をしたりしていたというだけなんですけど。

台湾を離れた後も、高雄には何度か仕事で来ましたが、完全なプライベートは今回が初めて。真っ先に駆けつけたのは、牛肉麺では高雄一の名店との呼び声も高い「港園」です。ここは高雄出身の留学生に聞いても、高雄をよく知る日本人に聞いても、だれもが「一番」とおすすめされるお店。私が住んでいた当時から大人気で、かなりの頻度で通っていました。

こちらがお店の外観。いつも混んでいますけど、店員さんがテキパキとお客をさばくので、そんなに待たされません。

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牛肉麺は「湯麵(スープあり)」と「乾麵(スープなしの混ぜそば風)」があるんですけど、今回は「乾麵」にしました。

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う〜ん、これこれ。台湾全土で牛肉麺は食べられますが、ここのお店はかなり独特かつ孤高のクオリティを保っていると思います。台湾南部の料理は概してあっさりしていて、このお店も例外ではありません。私のような中壮年にも優しいお味です。

もうひとつ、高雄に住んでいたときヘビロテで通っていた牛肉麺のお店「劉易記」があるので、そちらにも行ってみましたが、残念ながら定休日でした。このお店の牛肉麺は「刀削麵」で、やはりかなりの高クオリティ。麺のほかに「滷味*1」もおいしいです。先回出張で高雄に来たときも駆けつけたんですけど、やはり営業時間外でフラれました。いつかまた訪れたいと思っています。

*1:説明が難しいですが、様々な素材(内臓系のお肉や豆腐、卵などなど)を煮込んだ台湾風のおでんみたいなおつまみ料理です。